高橋哲哉教授講演 「犠牲のシステム 福島・沖縄」
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2012年1月13日 曽我逸郎
http://dia.janis.or.jp/~soga/
東京大学大学院総合文化研究科教授、高橋哲哉さんの講演「犠牲のシステム 福島・沖縄」が、1月7日、お隣の飯島町で開かれた。主催は竜援塾。
講演そのものには大変共感したのだが、自分なりに引き寄せて考えると難しくなった。以下、問題意識の表明だけで、大した結論のない中途半端な文章になりそうだが、書き留めておきたい。
まず私の如是我聞を極簡単に記す。
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犠牲、英語の“sacrifice”とは、本来は「聖化する」「聖なるものにする」の意味。例えば古代ユダヤ人が羊を「犠牲にした」ように、昔から洋の東西を問わず、大切なものを神に捧げることは行われてきた。元々は、宗教的な行為を意味した。
靖国神社では、戦病死した兵士達が神にされている。「聖化する」“sacrifice”の典型のひとつ。それによって家族は、夫や息子の戦死に意味があったと思う。
沖縄は、日本の安全保障を理由にして犠牲にされてきた。1995年には、3人の米兵による12歳の少女集団暴行事件をきっかけに、米軍基地反対の機運が燃え上がった。最近でも、知事が「(言及すると)口が穢れる」と形容するような言葉を沖縄防衛局長が発言し、県民の怒りを買っている。防衛省沖縄防衛局が、辺野古の環境評価書を誰もいない時間に県庁守衛室にこそこそ持ち込んだのも恥ずかしい限りだ。そもそも琉球は中国とも冊封関係があったが、琉球処分によって日本に組み入れられた。1947年、昭和天皇は、既に象徴となっていたにも拘らず、武装解除された日本の国体を米軍によって守ろうとして、米軍が沖縄を長期にわたって軍事占領することを望むと、米国に伝えた(昭和天皇沖縄メッセージ)。このメッセージがどれほど影響を与えたかは定かでないが、沖縄は米国統治下に入り、以来、米軍人が頻繁に起す事件・事故や爆音被害に県民は苦しめられ続けている。
原発も、一部の人に犠牲を強いるシステムだ。自分(高橋教授)は福島県の浜通りで生まれ、高校まで福島県内のあちこちで暮らしたので、この度の事故による災害には言葉にならない思いがある。バブルの頃も含め東京で便利な生活を享受してきた訳だが、その暮らしが故郷はじめ原発立地地域の犠牲の上に成り立っていたことを思い知らされた。
原発は、4種類の犠牲を必要とするシステムである。原発立地地域の被爆、原発労働者の被爆、ウラン採掘労働者(先住民の比率が高い)の被爆、そして核廃棄物による未来世代の被爆。
国家は犠牲をできる限り見えなくする。沖縄の苦しみは、ヤマト(本土)ではほとんど報じられない。原発が強いる犠牲も同様である。原発労働者の苦悩、実態は、写真家樋口健二氏が鋭く切り取っているが、マスメディアにはめったに取り上げられない。しかし、隠せなくなった時、国家は、犠牲にされた人たちを顕彰する。靖国神社がそうであるし、過酷な収束作業にあたる作業員がフクシマ50として華々しく伝えられたのもそのひとつだ。かつての特攻隊員を髣髴させる。
明治維新で日本は富国強兵を目指した。1945年の敗戦までは、富国強兵の後半部分、強兵が中心課題だった。敗戦以降は、富国が中心になったが、比重が動いただけで、富国強兵という考えの一体性には変わりがない。1969年の「わが国の外交政策大綱」には、「当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともにこれに対する掣肘(≒干渉、妨害)を受けないよう配慮する」とある。つまり、原発という核の「平和利用」を隠れ蓑にして、核兵器開発を外国から非難を受けないぎりぎりの寸止めまでやる、という意味だ。今イランが欧米諸国に非難されている内容と同じことを、日本はやってきた。原発も高速増殖炉も、核兵器のためのプルトニウム生産工場であり、富国を装った強兵装置である。原発の犠牲者は、敗戦前と同様に強兵のために犠牲を強いられているということができる。
国家というものが、必ず犠牲を強いるものであるのかどうか、犠牲を強いない国家のありようは可能なのか、これは難問だ。突き詰めて考えれば、動物は他者の命を奪って食わなければ生きていけないのだから、そもそも生態系というシステムが犠牲を前提としているのであって、その一環たる人間社会においても犠牲は避けられない、仕方がない。そういう意見もあるだろう。しかし、そのような開き直りは、世界を悪くするばかりで、良くすることはできない。我々は、他者を犠牲にしたまま安閑と暮らしていないか、常に振り返り、犠牲を強いていれば、犠牲をなくす、少なくとも減らす努力に真摯に取り組むべきである。
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以上、如是我聞であるから、文責は曽我にある。
全体、まったく共感を持って聞いたのだが、あれこれ考えていて、ふたつの難しい問題にぶつかった。
ひとつは、共同体と犠牲に関してである。
講演の途中で誰かが「竜援塾の主旨は地方自治の現場から考えること」と発言したので、内心で国家を市町村に置き換えて「犠牲」について思い巡らされることになり、そうなると事はとたんに難しくなった。
例えば、ゴミ処理場の受け入れをある地区にお願いして、そのために道路改良やスポーツ施設などの建設を約束する。それは、国が沖縄に新たな米軍基地を建設しようとする際の構造とパラレルなのではないか。そんな疑念を抱いた。
否、ぜんぜん違う、という方もおられた。ゴミ処理は必要なことであるが、米軍基地は必要ではないから、と仰る。しかし、米軍による抑止力は絶対に必要と思い込んでいる人に向けては、この論理は通じない。それに、必要なことなら誰かに犠牲を強いていいのか、という問題も残る。この方は「米軍基地が必要かどうか、議論するのだ」と主張された。
確かにそのとおり、それしかない。米軍基地が本当に安全保障に繋がっているのか、逆に緊張を高めていないか、軍事力に拠らない安全保障はあり得ないのか、沖縄の人たちの暮らしにどんな影響を与えているのか、それらを議論する中で、沖縄に犠牲を強いない解決策が見出されるかもしれない。ゴミについても、3Rや生ゴミ堆肥化で限りなく量を減らすことができよう。議論と負担を軽減する努力とによって「犠牲」を減らすことができるだろうし、更に踏み込んで、なくすこともできるかもしれない。
国家と犠牲、市町村と犠牲という問題設定で、もうひとつ思い浮かんだのは消防団だ。東日本大震災でも地域の人々の避難のためにぎりぎりまで頑張って、多くの団員が津波などで命を失った。中川村でも、火災や災害にあたって、僅かな報酬にもかかわらず、冬の夜でも疲れを厭わずに出動してくれる。団員の多くは、それが消防団活動の地域を支える貢献だと誇りに思い、犠牲などとは感じていない。そして、行政は、消防団活動を讃え感謝しつつ、一面では甘えている。この構造も、犠牲を強いて顕彰する国家と兵士の関係に似ているのではないか。犠牲を強いる国家のあり方は、遠い話ではなく、実は我々の暮らしの足元である市町村まで小さくとも相似形で繋がっている。まず人の負担の世話になっていることに気付くこと、それに甘えず、開き直らず、真摯にその負担、犠牲を減らす、なくすことを考えねばならない。
改めていうまでもない当たり前のことである。しかし、そうあろうとしても、具体的な個別の問題では明快な解決策はなく、あちら立てればこちら立たずの中で判断する他はない場合がほとんどだ。それでも犠牲を減らす、なくす真摯な努力を忘れてはならない。
もう一つの難しさは、世の中を良くしようとする善良な意欲が、誰かに利用されかねない危険である。
質疑で、「国家が犠牲を強いるあり方を変えるにはどうすればいいのか。我々は何をすればいいのか。このような事態になっても、本気で変わらねばならないという動きが日本にはない」という意見がでた。苛立ちと焦りと絶望とが混ざり合った口調だった。
未曾有の危機にも人々の反応の乏しい現在日本に対して、戦後日本の最大の大衆運動と言えば、安保闘争だろう。1960年の安保闘争の「標的」であった岸信介について、この講演の当日朝、孫崎享氏が、世間の受け止めとは正反対の以下のような分析をtwitter で発信していたのを思い出した。
・岸信介は、実は米軍基地をできるだけ縮小しようとしていた。
・経済界も岸に批判的だった。
・安保闘争は右翼から資金提供を受けていた。
・運動のリーダー達の一部に、その後右翼系の組織に地位を得たものがいる。
・岸退陣後、新聞社では反安保のペンを振るった有力記者の多くが左遷された。
・岸が退陣すると、安保条約は無傷のままなのに、運動は急速に終息した。
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安保闘争は当初は反安保だったかもしれないが、途中から掏りかえられ、岸追い落としの計略に変えられていたのではないか。結果的に、岸の米軍基地縮小の構想は葬られ、安保条約も在日米軍基地も温存された。
もし孫崎氏の推理が正鵠を射ているなら、樺美智子はじめ真摯に運動にのめり込んだ若者達は、米国政府にうまく利用され、情熱とは逆に米軍基地存続に力を貸したことになる。
こんな話を聞くと、どこまで深く探ればいいのか、どこまで言論操作、世論操作は深いのか、底が知れなくなる。純粋さのあまり、安直に運動に走り出すのは危険だ。しかし、同時に、それを恐れてなにもしないでいるのはもっと相手の思う壺だろう。
またしても、至極当たり前の結論にしかたどり着けない。
広く学び深く考え柔軟に間違いを改めながら世の中をよりよく変える努力の試行錯誤を続けるしかない。一人で学び考えても高が知れている。皆がそれぞれに思うところを衆目に晒し、批判をもらい、議論し合うことで、より深いところに到達できる。当たり前で迂遠な努力しか、やはり道はないのだと思う。
以上
<追記>
「わが国の外交政策大綱」は“核兵器開発能力は確保しておく”という考えであるし、“原発は潜在的核抑止力として重要だ”という主張も目にしたことがある。これらは強兵の論理であろう。しかし、東京電力による原発事故災害が示したことは、原発は、多くの国民を被爆させ、広い国土を放射能汚染によってとてつもなく長い期間使えなくする、という事だ。暮らしも生産活動も伝統文化も断ち切られる。自ら国民と国土を弱らせる。強兵どころか、弱国の装置である。軍事面で考えても、ミサイルであれ破壊工作であれ、攻撃されればたちまち致命的急所、それを54箇所も自らの国の海沿いに並べている。まったくどれほど愚かなのか。
< 以上 >
2012/01/13作成 2012/01/13最終更新

